「京極の」
白い手がす、と自分に向けて差し出される。
仮にも神社の御神木の上でこの女は正月早々何をやっているというのか。
「枝が折れますよ」
「折らぬ故早う何ぞ寄越しや」
会話が噛み合わない事は承知の上。
元より神木の上に居る事を無礼と思わぬ女である。
否、そもそも居て然るべき存在であるのかも知れない。
今更それを追求してやる気は、自分には無い訳だが。
「やれ、屠蘇の一つも無いか。神主の癖に不甲斐の無い男よのう」
「生憎僕は酒は飲まないと決めているんです」
珍しく神主の出で立ちをした神主はそう言って溜息を吐いた。
「それに、今日うちがどれだけ忙しいか知っているでしょう」
普段は賽銭が入っているのか分からぬ程の閑古鳥だが、正月となれば話は別だ。
このような神社でも、初詣に来る客は居る。
人手が無い事もあって今日の武蔵晴明神社は大忙しであった。
例え彼女が此処の祭神であったとしても、強請られる度に酒を振舞う余裕は無い。
「昼が過ぎれば客も引きますから、我侭ならその後にして下さい」
「……言うたな」
要求が通らず不満そうだった表情が勝ち誇った笑みに変わる。
優美な笑みであるが故にかえって嫌な予感が募る。
「神酒の一つもくすねておきや。お主に酌をさせてやろう」
「・・・屠蘇じゃ無かったんですか」
「待ち代じゃ。嫌ならお主を肴にしても構わぬぞ」
晴明神社の祭神……?